日欧知財司法シンポジウム2016と当たり前特許
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日欧の裁判官、審判官、弁護士、弁理士、知財部員などが集まる、日欧知財司法シンポジウムに参加しました(2016/11/18、ホテルオークラ別館地下アスコットホール)。
最初に無効審判と侵害訴訟のダブル・トラックの話題が出ました。日本では、審判と訴訟の間で情報を交換することで、ダブル・トラックの問題を少なくしているのに対し、ドイツでは元々無効審判は行政手続、訴訟は裁判所と別のものであるからダブル・トラックというのは問題ではない、というような立場でした。
欧州統一特許は2017年に発効する予定でしたが、イギリスがEUを脱退することになり、先行きが不透明になっているそうです。イギリスも統一特許の1つのジャンル(化学)を担当することになっていて、それをどうするか?の問題があるようです。
とはいえ、欧州統一特許裁判所の模擬裁判もされて、欧州統一特許について理解が深まりました。
特に面白かったのは最後のセッションで、キャノンの長沢特許部長が、大したことない権利をふりかざすのは止めて欲しいようなことを言われていました。
すごい発明も、大したことのない発明も明細書にすれば記載にそれほど大きな違いはなく、審査官も発明がいい発明か、大したことない発明か、を判断して審査結果を変えることもないでしょう。
そうすると、大したことのない発明であっても、出願明細書をうまく書き、拒絶理由応答もうまくやれば権利として成立することは実際にあります。例えば、サントリーのノンアルコールビールの特許もその一つという見方もできます。
これは単に、ある一定のpHのときにエキス分が少なくてもコクがでる、という効果を発見して、特許を取得したものです。しかしながら、アサヒビールの無効の抗弁により、敗訴に近い和解で決着しています。
特に技術水準に近い特許や、いわゆる当たり前特許と言われるものが、大したことのない発明に該当することが多いと思います。こういう特許が成立し、潰せないとなると、それを使うしかない企業は非常に困ります。
技術水準に近い発明や、当たり前のような技術は、すぐに実用化されたり、時には、実際には使われていたが、記録がなかっただけで、権利化されると業界が非常に迷惑するような発明も含まれます。
このような発明を権利化して権利をふりかざすのは、権利の濫用に当たるような気もしますが、特許制度がそのような特許権が生まれることを認めている以上、当たり前特許が権利として成立するのも止むを得ないと思います。
当たり前特許も狙って取ろうとすると、相当な知恵を出す必要があるでしょうから。
それに、本当に知恵を出して発明したものと、こうした他社が使用せざるを得ない当たり前特許を取得して他社の事業を妨害する場合とを明確に分けることは難しい面もあります。
普通に実験をしていても、当たり前のような発明をする場合もあり得ます。
そうすると、意図的に当たり前発明をしたのか、あるいは、偶然当たり前発明をしたのかは外部からはわからないケースもあり得ます。
逆に特許ライセンスでお金を稼ぐことを考えれば、技術水準に極めて近い特許、当たり前特許は企業が使わざるを得ないものとなる場合もあり、そのような場合は、企業はライセンスを受けるか、潰すかのいずれかの対応が必要になります。
ところが、潰そうとしても先行技術がなくて潰せないことがあります。
かなり前ですが、携帯電話の2画面特許というものが取得され、あらゆる携帯電話メーカーがそれを使わざるを得ず、困ったケースがありました。
そういう特許は業界全体にとって迷惑な特許ではありますが、その発明を使った製品を販売するためにはライセンスを受けざるを得ないため、企業はライセンス料を支払うか、その市場を諦める以外ありません。
そして、そうした当たり前特許に対抗するために、自社でも当たり前特許や自然法則そのもののような特許を取得したりもします。
当たり前特許を持つ会社が事業をしていれば、そうしたカウンター用の特許を持つことも有効ですが、特許権を有する会社が非実施企業(non-practicing entity, NPE)で、特許を集めて訴訟をするだけのいわゆるパテント・トロール企業の場合は、カウンター訴訟はできません。相手が製品を販売していない以上、侵害する特許はないですから。
そういう意味では、大したことのない、当たり前特許を取得して、企業にライセンスを強いるパテント・トロール企業は迷惑な存在ではあります。そうした特許はできるだけ、審査段階で潰して欲しいと思います。
しかし、個人発明家にとっては、このような当たり前特許を取得してライセンス収入を得るのも一つのやり方でしょう。大企業の中にもこうした当たり前特許を研究しているところもあるようです。