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特許申請の出願明細書に嘘を書いた場合

特許出願の明細書にウソ(嘘)を書くとどうなるでしょう?

例えば、完全にはできたと確信できない、確認が不十分なあやふやなデータでできた、と書いて特許出願する人はかなり多いと思います。なぜなら、確認のための再実験をしているうちに他社が先に出願してしまうおそれもあるからです。現実に、1ヶ月以内の出願日の差で他社に負けてその事業から撤退しなければならなくなった企業もありました。

発明は同時期に同時多発的に完成することも多く、特許制度は先願主義ですから、徹底的に再現性を検証していたら他社が先に出願してしまい、出願日の先後で負けてしまうおそれがあります。いくら完璧なデータを出したとしても、出願日が後であれば、後願なので、同じ発明については特許は取れません。そういう意味では、いいデータが出たら、とりあえずすぐに出願しておいて、1年以内に確認実験をしてデータを追加するのがよいと思われます。

この場合は、故意に嘘を書いているわけではないので、問題は少ないと思われます。その後、そのデータが嘘だったとわかれば、国内優先権主張出願で訂正するか、出願自体を取り下げるか、審査請求しなければ問題にはなりません。

そういう場合にお勧めなのが、とりあえず今あるデータでアイデア段階ででも出願しておいて、追試をやってうまく行けばそのままの内容に新たなデータを追加して国内優先権主張出願(またはパリ条約の優先権を主張して外国出願、PCT出願)をするというやり方です。

ただ、新たな追加データが優先権の基礎となった出願の請求項に影響を与えるような場合は新規性、進歩性の判断基準日が後の出願日になる場合がありますので、そのあたりはうまく切り分ける必要があります。

上記は意図的に詐欺を働くものではありませんが、意図的(故意)にウソのデータを書いて、特許庁を騙して特許を取った場合には、詐欺罪で刑法犯になり、逮捕されたり、刑務所に収監されることもあり得ます。

(詐欺の行為の罪)
第百九十七条  詐欺の行為により特許、特許権の存続期間の延長登録又は審決を受けた者は、三年以下の懲役又は三百万円以下の罰金に処する。

つまり、故意にデータをねつ造して特許を受けた場合、3年以下の懲役又は300万円以下の罰金となりますから、注意が必要です。

それだけではなく、例えば、嘘のデータを記載して出願した場合、実施例に記載のとおり実験しても明細書の記載の効果が得られない場合は、拒絶理由、異議申立の取消理由、無効理由になる場合があり得ます。これは実施可能要件と言われるもので、明細書の記載のとおりにやっても実際には実施できない、というのであれば、特許査定にならなず、仮に登録されても、異議申立や無効審判で取消や無効になり得るということです。

これは、審査官が実施できないことに気づかずに特許査定にしても、ライバル企業などが実際に確認実験をやって、実施不可能であることを立証して異議申立や無効審判で取消したり、無効にできるおそれがある、ということです。

ですから、嘘を書いた場合は、少なくとも実施可能要件は満たす必要があります。つまり、ねつ造データで出願したとしても、実際に実験すれば同様の効果が得られるなら、実施可能要件は満たすので、この場合は拒絶理由、取消理由、無効理由には該当しなくなります。

また、米国の場合はベストモード要件というものがあり、これは出願人がベストと考える実施形態を書く必要があります。これは拒絶理由ではありますが、無効理由ではなくなったので、出願中にベストモードが書かれていない、ということがわからなければ、特許後に無効にされることはありません。出願中に審査官がベストモードでない、と気づくことは実際にはほとんどありませんから、ベストモード要件は以前ほど気にしなくていいと思います。

つまり、ねつ造データであったとしても、最低限実施さえできればいいとも言えます。ただし、出願後に出した論文に全く異なることを書いた場合には問題になり得ます。

つまり、特許出願明細書の場合は、学術論文のように、材料と方法(materials and methods)に記載のとおり実験しても実際にはできない、ということは許されず、明細書の記載通りにやって、記載通りの結果になる必要があります。

論文の場合は、わざと他人にはできないように実験方法を書くのが半ば常識化していますが、特許の場合は実施可能要件違反で、拒絶理由、無効理由になるので注意が必要です。

もっとも、わざわざデータをねつ造して特許を取る人は少ないですが、希に大学教授でも、どちらとも取れる書き方でできたように記載して特許を取る場合があります。それでも、後でそれが嘘だったとわかってクビになった教授もいます(下の方に書いてます)。

また、科学的にあり得ないような特許出願があることもまた事実です。

永久機関に関する特許出願も後を絶ちませんし、死者復活製法などという科学的にあり得ないような出願もされています。ただ、本人が本当にできると信じて出願している場合は、故意に嘘を書いているわけではないので、刑法犯にはならないでしょう。

単に実施可能要件を満たさないということで(実際上明らかに実施不可能ということで産業上利用できる発明に該当しない、とされる可能性もありますが)拒絶されることになると思われます。

あるいは、何等かのartifact(実験条件によって生じた副産物のようなもの)により、実際にはうまく行かないのに、その実験条件でのみ、たまたまうまく行くことがあります。例えば、自宅の井戸水を使って実験したらうまくいったけど、その井戸水には実は特殊な成分が含まれていて、そのためにうまく行った、というような場合です。

デリケートな細胞培養では、関東の水だとうまく行くけど、関西の水だとうまく行かない、とか、ある人がやればうまく増えるけど、ある人がやるとうまく行かない、というケースもよくあります。

これを理由にSTAP細胞はできていた、などという人もいますが、それとは全く別の話です。STAP細胞は小保方晴子氏の方法ではできない、とどの論文でも明確に書かれているので、あの論文はねつ造と考えて間違いないと個人的には判断しています。実際に研究経験のある科学者なら皆そう判断するでしょう。

また、故意に実際のベストな条件を隠して、効果の低い実施例だけを書こうとする発明者もおられます。これは米国ではベストモード要件という、発明者が考える最善の方法を記載する要件に違反します。ですから、基本的には発明者がベストと思う条件を記載する必要がありますが、上でも書いたように、ベストモード要件は拒絶理由ではあっても無効理由ではないので、それほど神経質になる必要はありません。

ベストでない条件で実施例を記載して、発明の効果にはベストな条件での効果を記載した場合には、明細書に記載の効果が得られないから権利侵害でない、と主張されるおそれもあり、他人の侵害を止められない可能性もあります。この場合には、ベストではない条件でのベストではない効果を記載し、それにより権利を取る必要がありますが、その効果が弱い場合には、進歩性が無いとされる場合もあり得ます。そういう意味では、ベストな条件の実施例を書き、ベストな効果のある範囲を明確にしておくのがよいと思われます。

さて、故意でない、誤った実験データ(artifact)に基づいて特許出願をし、特許を取得したとしても、故意がなければ上述の詐欺の行為には該当しませんので(刑法犯は故意が構成要件)、詐欺罪になることはありません。

このあたりは限りなくグレーな場合もあり、故意かどうかは本人しか知らないことですから、ほとんどの場合は特許出願明細書にウソを書いて詐欺罪で逮捕されることは無いでしょう。

それでも明らかにウソであることが明白であったり、故意を立証する証拠(メモやメール等)があったり、他人の実験試料(サンプル)を盗んでねつ造したり、本人の自白があったりすれば、嘘を書いて特許を取れば詐欺罪で最悪懲役にもなり得ます。

さらに、大学等公的機関の場合は、倫理的な問題があり、嘘やねつ造のデータを使って特許を取得して大学を追い出されたハワイ大学の教授(カフェインレスコーヒー)などもいますから、公的機関では嘘のデータで特許を取得するのはやるべきではないと思います。大学教授などの場合は、法律ではなく倫理的な問題でポストを追われる(退職させられる)ケースがありますから。この元教授はベンチャー企業で研究を続けているようです。

特許出願明細書に故意に嘘のデータを記載した場合にはそのようなリスクがあります。

さらに、アメリカではフロード(詐欺)の場合には、特許権の権利行使ができませんから、特許を持っていても意味がありません。そういう意味でも嘘のデータで特許出願をするのはやらないのが得策です。

ただし、化学系の組成物特許などで、他社を混乱させる目的で、本当のデータの特許出願に加えて、いろんな嘘のデータを書いた特許出願を別途多数出願して、どれが本当のデータかわからなくする、という特許出願戦略を取っていた会社が昔は多かったです。その場合、嘘のデータを記載した特許出願は審査請求しないで取下げにするか、特許査定が出ても登録料を払わずに放棄するのでしょう。

昔は審査請求まで7年間ありましたし、審査が出願から10年以上かかることはよくあったので、そうやって10年以上、どれが本当の製品組成かわからなくすることも有効でした。その間に市場を押さえてしまえば、ビジネス的に成功できますから。

今は審査請求期限が出願から3年と早くなっているのでこのようなやり方が通用するかどうかは不明ですが、もっと他のやり方があるように思います。

いずれにしても、特許出願に明らかに嘘のデータやそれに基づく記載を書くと、実施可能要件違反にもなるので、仮に書くとすれば、完全な嘘ではなく、もしかしたらできるかも、と思えるデータにすべきでしょう。ただ、矛盾する記載が1つの明細書にあると、不明確、と言われるおそれもあり、あまりお勧めはしませんが。

とはいえ、完全に正しいデータを全部正直に書くのも他の意味で考え物です。中国や韓国は日本の特許公報を見てマネするそうですから、特許を見て完全に同じものが作れるように書くと、すぐにマネされてしまいます。

そうならないように、最近ではオープン・クローズ戦略と言って、一部は特許で開示するけど、一部はノウハウで秘密に保持する、というやり方が増えてきています。何をオープンにし、何をクローズにするかはかなり難しい判断になりますが、簡単には思いつかないノウハウ等は特許に書かずに社内ノウハウとして秘匿する手もあるでしょう。

明細書にどこまで書くか、何を隠すかの判断は難しい場合もあります。判断に迷ったらお気軽に以下からご相談下さい。

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大平 和幸

弁理士、農学博士、特定侵害訴訟付記弁理士。東京大学大学院(修士課程)修了。修了後、大手洋酒食品メーカーでバイオテクノロジーの研究開発に約18年従事。その後特許情報部(知的財産部)、奈良先端科学技術大学院大学特任教授。特許流通アドバイザー。大平国際特許事務所所長。弁理士会バイオライフサイエンス委員会副委員長。iPS細胞特許コンサルタント。食品、医薬品、化粧品、バイオ等の化学分野が得意。機械、装置、ソフトウエア等の出願実績あり。

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